2018年4月10日火曜日

ヴィク勇:電影続1

「中国大会で二位か……」

 ソチのトイレで啖呵を切り、一方的にライバル視しているユーリと同じ名前のスケーターが勝ち上がってきた。
 ユーリの目に留まったにも関わらず、情けなくめそめそ泣いていたあの豚野郎。今度はロシアで共に戦うことになる。次に情けない真似をしたら容赦なく叩き潰してやる。

 それと同時に、口にしはしないが楽しみにもしていた。勝生勇利は新しいコーチとの相性がいいのか……というか一体あのコーチは何者なのか、ヴィクトル級の凄まじいプロを勝生のために用意した。動画で見たが、前年度と違って高難易度のプロをノーミスで滑りきり、見事なスケーティングを見せつけられた。

 それはいいのだが、なぜかロシアに帰ったヴィクトルが浮かれ返っている。
「もー、日本のゆうりはそれは可愛くてトレヴィアンで俺は痺れてしまったよ」
「やかましい、ニタニタするなヴィーチャ!!」

 このところ浮かない顔ばかりしていた兄弟子をこっそり心配していたユーリだが、あれはあれで面白くない。自分ではヴィクトルにあんな顔はさせられないから……させたいとも思わないが、とにかく面白くないのだ。

 確かにヴィクトルに念願のプロを貰い、その指導もしてもらったが、ヴィクトルはずっと上の空だった。それがどうだ。

 酔っ払った勝生勇利にバンケットでコーチをねだられたものの、結局はロシアに残った。そのことに心の何処かで優越感を抱いていたのに、今は……

 リリアの屋敷へと戻る途中、いつもの道を通っていたユーリだが、見慣れない妙な店を見つけた。
「なんだ……? カフェか?」
 蔦の這う古い建物だった。昨日今日建ったはずはないのに、なぜかそこにある。元が何の店だったかは忘れたが、とにかくこんな建物は存在しなかったはずなのだ。

 腐っていたこともあり、気晴らしに店の戸を推してみると、DVDやブルーレイの並ぶ棚がひしめいている。
 かなり種類が豊富なようだが、不思議なのは映画などはなく、有名人がピンで写ったパッケージばかりだということ。
 ユーリは薄気味悪さを覚えたが、興味も引かれ、店内をおそるおそる歩いていると……フィギュアスケーターの棚があった。ヴィクトルはもちろん、クリスや勝生勇利のパッケージもあり、更にはユーリ自身のDVDまで飾られていた。

「お気に召しましたでしょうか」

 急に背後から声をかけられ、ユーリはぎょっとして振り返る。しかし慌て過ぎだったと決まり悪く居住まいを直す。
「この店なんなんだよ。俺はこんなのに出演した覚えはねえ。去年まではジュニアだったしな」

 その店主とおぼしき黒尽くめの男は喧嘩腰のユーリになど構わず、優雅に一礼した。
「歓迎します、ユーリ・プリセツキー選手。
 当店は神に愛された方をおもてなしするために存在します」
「はあ……?」
「当店が扱う商品は、再生してから一年間、その人物のコピーを現実へ呼び出すことが可能です。
 初恋の人、憧れの人物……誰でも一人、選ぶことが出来ます」

 一体なんのことだ。こいつは頭がおかしいのか?
 逃げる算段を立て始めたユーリに「ですが」と続けた。
「実はお願いがございます」
「はあ? 初対面で図々しいな」
「承知の上でございます。貴方の兄弟子様に関わることで……」

 事情を聞くうち、ユーリの目がみるみる見開かれていく。信じがたい。しかし、それならあのコーチの正体も、納得がいく……
 ヴィクトルも言っていたのだ。あのコーチはどうもおかしいと首をかしげて。
「俺にしか作れないようなプロを作るんだ」
 そう、ヴィクトルの感性やクセまでもトレースしたようなプロ。そして、勝生勇利がいくらヴィクトルをリスペクトしているといっても、特定の……ヴィクトルの指導でもなければ、あんなスケーティングやジャンプにならない。

「アレは不良品だったのです。このままでは勝生選手のためにも、ニキフォロフ選手のためにもなりません」
「……わかった。協力してやる。その話が本当だってんならな」

 どちらもユーリの興味の対象だった。それがわけのわからないものに潰されるというなら溜まったものではない。あの二人は今度のGPFで潰してやる予定だからだ。決して親切心などではない。

 問題は誰を具現化するか、だったが……悩んだ末に自分自身を選んだ。そのほうが扱いやすいと思ったのだ。

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